「医療ミスがあった」として美容整形外科医が訴えられる訴訟で、必ず争点となると言っても過言でない「3大争点」というのがあります。

 それが、①手技ミス、②適応判断ミス、そして③説明義務違反です。

 

 今回紹介する論文は、医療訴訟で激しい主戦場の1つとなる「説明義務」の根拠や範囲に関して、東京地裁の医療集中部の裁判官が発表したものです。

裁判官の考え方の一端が垣間見え、普段の診療においても参考になります。

1 内容の紹介

  今回の論文のポイントをまとめてみます。

 

1) 医師の説明義務の根拠を、これまでのような「自己決定権」に求める考え方には疑問がある。

 端的に、委任者たる患者の利益のために必要な報告として、診療契約における債務の一内容として説明義務が生じると解すれば足りる。

 

2) そうすると、説明義務の範囲については、患者が診療契約を解除し、他の医療機関で医療行為を受けるか否かを選択するうえで必要な情報であるか、を考慮して決定すべきである。

 
 具体的には、医療水準として確立された知見の範囲で、患者の病状がどのようなもので、それに対してどのような治療方法があり、それぞれにどのような利害得失があって、その中でどのような理由から実施予定の医療行為を決定したのか(つまり、医療行為の正当性)を説明することが最低限の説明事項として求められる。

 

 それ以外にも、例外的に、患者が明示的に説明を求めた事項や、患者が当該医師の下で医療行為を受けるか否かを選択するのに重大な影響を与えることが客観的に明らかな事項についても、説明義務を負う。

 

3) 以上を前提とすれば、合併症については、当該診療科目のガイドライン等の医学文献に記載されている代表的な合併症につき、その具体的な症状及び発生確率を説明すれば足りる。

 

4) 上記の考えは、説明義務に関して判示したこれまでの最高裁判決とも整合的である。

 

5) なお、美容整形術のように医療行為を緊急に行う必要がない場合は、合併症等の危険を冒してまで医療行為を受ける必要性が相対的に低くなるといえ、患者の判断の前提となる情報取得の必要性が高まることに応じて、説明義務の程度が加重されることになる。

2 ざっくばらんな感想(1)

 今回の論文が、説明義務の根拠として「自己決定権」を中心に据える考えに疑問を呈し、端的に「診療契約における債務の一内容」という点に求めたことは、少し驚きました。

 最高裁判例が明示的に述べているかは別として、説明義務の根底には「自己決定権」が関係しているということは、私は疑問の余地がないと思っていましたので。。。

 

 著者は、上記の新しい観点から、ポイントでまとめたような一般的な基準を導いています。

この基準自体は正当なものと言え、医療機関側にとっても、一般論として特に異論はないところだと思います。

 

 ただ、2)の例外的事項の取扱いなんかを見ると、これなんかは、むしろ自己決定権という側面が関わっているからこそ例外的な取扱いが要請されるのではないかとも感じます。

 また、診療契約が身体の侵襲を伴うという点で特殊な契約である以上、「診療契約における債務」の内容を特定するにあたっても、身体の侵襲への同意としての自己決定という観点を抜きにして考えられるのだろうか、という点は慎重に検討が必要ではないかと感じました(ただし、著者も、説明義務が患者の「自己決定権」と全く無関係であるとまで言い切っているものではないと思います)。

3 ざっくばらんな感想(2)

 それはおくとしても、このブログは「美容整形」に特化したブログです。
 私も、そして、この記事を読まれている皆さんも、一番関心があるのは「美容整形手術における説明義務」がどうなるかということでしょう。

 

 この点については、上記5のように、これまで一般的に言われている内容と結論的に変わりがなく、各論までは示されていないことは、正直物足りなさを感じました(笑)。

 

 説明義務の根拠を「診療契約における債務の一内容」に求め、「自己決定権」という観点を意図的に排除するとなると、それが美容整形における説明義務においてはどう影響してくるのでしょうかね。

 

 「説明義務の程度が加重される」ということですが、通常の医療行為と比べて、どの内容を、どの程度より詳しく説明する必要があるのでしょうか。

 説明内容の「幅」(例えば、身体的なことに加えて、金額説明やアフターケア的なことの説明も必要?)が広がるのでしょうか。

 それとも説明内容の「深さ」(例えば、合併症の恐れのみならず、予想される術後経過や傷・あざ・瘢痕の残り方等の説明も必要?)が、通常よりも要求されるのでしょうか。

 

 そして、これらについては、医療者にとって、ある程度事前に見通しが立つような一定のルール化をすることが、可能なのでしょうか。

 

 ということで、「美容整形手術における説明義務」という一大テーマは、まだまだ今後も議論が続くと思われ、しばらくは見通しの悪い、険しい道が続きそうです。。。

4 実務への生かし方

 あれこれ批判的なことを述べましたが、重要なことの一つは、今回の論文でも明言されているように、説明義務に関しては、裁判官も決して「結果責任」的思考(重大な結果が発生したんだから、ともかく責任を取りなさいよという考え)はしていないということです。

 

 当時の通常の医療水準に照らして、医療行為の正当性や他の選択肢の有無や利害得失をきちんと説明し、予想される合併症についてもガイドライン等で通常に指摘されているものを説明すれば足りる。

 逆にいえば、当該ケースで、確率からしたらものすごく低い特異な経過を辿って不具合・損害が発生したとして、「そのような不具合が発生する可能性があること」を事前に説明していなかったとしても、説明義務違反とはならないということです。

 

 美容整形の先生方におかれましても、以上のような考え方を念頭に置かれることが重要です。

 
 そのうえで、あとは、

 「美容整形手術だから、通常の医療行為よりも説明義務が加重されるんだったっけな。

 

よし、そしたら、患者から後で『そんなこと聞いてなかったよ~』と言われないように、手術費用のことや手術創の残り方、腫れの程度、日常生活への支障の程度などのネガティブ情報もきちんと説明しておこう」

 

 というように考えられ、その患者さん毎のケースバイケースで、丁寧な説明をしていただければ万全と思います。

 

 先生方にそのような丁寧な説明をしておいていただければ、あとで我々弁護士が訴訟で戦うときにも、気持ちに余裕をもって裁判に臨むことができます(笑)。

 

 今回の論文のように、医療訴訟における主要な争点につき様々な角度から議論がなされ、その集積によって、医療者にとって普段から参考にできる形で一定の「ルール」が形成されていくことになれば、それは好ましいと言えます。

 医療側の弁護士にとってもありがたいですし、診療の質が高まることで患者さんにも大きな利益があります。

 

 あとになって不意打ち的に責任を問われること(結果責任)が横行しては、不必要に医師を萎縮させることにつながり、患者さんに対して安定した医療行為を提供することもできませんからね。